大切な人と嫌いな人

大切な人と嫌いな人


ニエちゃんは優しい。

そんな事は分かりきっていた。3年もの付き合いだもん、そんなニエちゃんの事は私も後輩達も大好きだ。


でもだからってそんな事しなくていいんだよ。

そいつはニエちゃんを何度も何度も何度も何度も──傷付けた「大人」なんだから。


そんな奴の隣に座らなくていいんだよ。

あんなの勝手に一人で食べてればいいのに。

わざわざ付いてきてニエちゃんもきっと気を使ったんだろう。

自分が呼んだ義理があるから、きっとそう。


私だけじゃない、同席しているシロコちゃんもノノミちゃんもアヤネちゃんも、そしてバイト中のセリカちゃんも──あいつの一挙一動に注意を払ってる。

もしニエちゃんに一瞬でも妙な真似をしてみろ。その瞬間に私達が■■してやる。


「……私が伝えたいのは、皆さんを、アビドスの皆さんを嫌わないで欲しい。ただそれだけです」


私達の事を庇う必要なんて無いよニエちゃん。そいつもニエちゃんを傷付けた奴らと同類なんだから。絶対に信用なんか出来ないしされたいとも思わない。


「私の頭が足りなくて、今まで色々な『大人』に騙されてきて、アビドスの借金だってカイザーグループの大人が取り立ててるのもあって、皆さん『大人』という存在に敏感なんです」


違う、ニエちゃんはバカなんかじゃない。私達の事もアビドスの事もずっと考えてくれた。ボロボロになるまで皆の事を考えてくれてたさ。

悪いのは全部大人…そう、まさにそいつの様な大人が悪いんだから。


シロコちゃんの事だって…あのとき私だけじゃきっと駄目だった。ニエちゃんの優しさに触れて…安心してあの子は付いて来てくれたんだ。


「私が居なければ、もっと皆さんが笑えていたかも知れない。」


──え?


「私が居なければ、もっとアビドスの経営は楽だったかも知れない。ずっと、その思考が頭から離れないんです」


──違う


「皆さんは本当はもっと優しくて、笑顔に溢れてて、温かい人達なんです。きっと私が居なければ、もっと早くアヤネさんとかが救援要請をシャーレに送っていたでしょう。」


──やめて


「私が居たから、『大人』への不信感を募らせてしまった。私が居なければ先生はもっと歓迎されているはずです。」


──おねがい、やめて


「シャーレからの救援なんて、喜ばないはずがないんです。なのに私のせいで………!」


ちがう、違うよ──私のせいだよ。

先輩の件があったのに、あなたを守れなかったのは私だよ。あれから誰よりもその笑顔を守りたかったのに。

あなたが家に来てから、私は悪夢を見ずに済むようになったのに。

私はあなたに助けられたのに。


本当の役立たずなのは私なのに──!

やめて!「私が居なければ」だなんてやめて!!


皆の前じゃなかったら、きっと私は俯いて耳を塞いでたと思う。これ以上ニエちゃんがそんな辛い発言をするのを聞くのは耐えられない。


それに──

あいつがなんて返答するのかも、聞きたくなかった。


「……私は今まで沢山の『大人』を見てきました。だからこそ、一目で先生は私たちのことを第一に考えてくれているということはすぐ分かりました。━━━改めてお願いします、私の大好きな『アビドス』をどうか、救ってください」


どうして?どうしてニエちゃん…

そんな大人の何がいいのさ…

ニエちゃんは大人に身も心も粉々にされたのに…


“うん。君のアビドスに対する思いはよく分かった。”

”でも”


あいつが答える。

やめろ。

ニエちゃんに変な事を吹き込───


“『私が居なければ』なんて言わないで。君もその『アビドス』の一員なんだから”

“自分のことを認めることは難しいかもしれない。だけど、君がいないと君が愛した『アビドス』にはならないんだ”

“そんな『アビドス』なら、私は救ってみせるよ。━━━私は先生だからね”


………!!!

ニエちゃんとの付き合いは長い。だから私も少しはニエちゃんとの事を知っているつもりだった。

いや、現に私は知っている。

あいつのその言葉が、ニエちゃんにどれ程の救いになるのか───

私はそれがすぐに分かってしまった。


「ありがとう、ございます………!」

“ほら、折角のラーメンが伸びちゃうから。食べようか”


私には言えなかった言葉。あいつが「先生」だからこそ言えた言葉。


ニエちゃんが笑った、大人の前で。

あのニエちゃんが。


大人に散々な目に遭わされたあのニエちゃんが。


私はニエちゃんを守れずに悲しい思いをさせて、苦しい思いをさせて、笑顔を奪ったのに。

あいつはたった数日でニエちゃんを笑顔にした。

大人のくせに。大人のくせに。


もうラーメンの味もしない。頭が変になりそう。

さっきからずっと片手は銃を握りしめていた。

でも思えばこの銃にはあいつが用意してくれた弾が入っている。

あいつがいなければ今頃はアビドスを狙うバカ共を撃退出来なかったかもれない。


息が浅くなる。頭に血が上るのが自分でもわかる。


「ん、ホシノ先輩…」


シロコちゃんが心配そうに私を覗き込む。

しまった、こんなのを顔に出す訳にはいかない。

変な真似をすればその場であいつを■■してやろうと思ったのに。

今はとてもそれどころじゃない。

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